INDEX ∈ 切り株虎丸の手帖歌集空間跳躍装置伝言記憶素子板








朝露の消なば消ぬべく思ふれどなべて消ゆもの目に焼き付けむ


〔朝露のように命も恋もなにもかも消えるなら消えてしまえ。とやけに思ったりもするけれど、同じように儚く消えてゆくすべてのものを目に焼き付けて生きてゆこう。この命が消えるその日まで〕


春深し八事の森に漕ぎいでつ芽に目を向けて実に身を向けて


〔春が深まってきた八事の森に漕ぎ出でてきた。芽吹いた新芽に目を向けつつ、実った果実にはこの体を向けつつ、春を感じて森を歩くことのなんというぜいたくだろうか〕


葉を飛ばし花びら奪う風にさへ笑みのみならず種のせる君


〔葉を飛ばして花びらまで奪ってしまうあの鋭い風に、微笑みだけではなくて種を託すあなたは、なんとうつくしいのだろうか〕


名も知らぬ痩せ猫抱きて囁くは死への旅人よ汝は我なり


読み:///死へのたびとよ/なれはわれなり
〔名前も分からない痩せた猫を抱き上げて思わずささやいた「死への旅人よ、おまえはわたしだ。」と〕


茜射す庭に鼓動の弱まりし音色さびしきレクイエムかな


〔茜の射す庭に弱まった心臓の鼓動が響いている。それがあまりにもさびしい鎮魂歌のように聞こえた〕


ころころところげるこねここときれてこのこころからことのはことり


〔ころころとあどけなく転げた子猫が事切れて、情けを忘れたはずの心から思わず言葉がほとばしった。そうしてこの歌を詠んだ〕


時は澄み花散り人去り移ろえどあくびす猫はここにあくびす


〔時は無常に流れ、花は散って人は去り、世は移ろっていく。けれども、猫があくびをする様子はいつの世もどこの国でも変わりはしない。猫はいつも、ここ、という場所であくびをする〕


ここそこやどこそこかしこどこにでもあまねくここようつくしかれな


〔ここ、という、ここそこやどこそこかしこどこにでも、普遍的に存在する真理よ〕


夕焼けの紅は紅でも終わりなき神の指より生まれし
〔あの夕焼けを染める紅。ただの紅色でなく、万物へ行き渡る無限の紅の、なんという美しさだろう〕


魚跳ねて散れる雫の消えねども胸に借りなむ刹那の弧円を


読み:うお跳ねて///せつなのこえんを/
〔魚が跳ねて一滴の雫が生まれ、すぐに消えていった。あまりに短か過ぎる時間だったけれども、確かに目にしたあの一瞬の弧の軌跡を自分の胸に借りて生きることにしよう。〕


せせらぎは春の女神のみだれ髪生まれては逝ぬ色の混じれり


〔このせせらぎは春の女神が振りほどいたみだれ髪。乙女が胸に抱いてはすぐに無くす、恋のような切ない色が混じっているから〕


指伸ばし川面を突ける死者どもは我を誘うかなしき我ら


〔指を伸ばして川面を突き上げ、わたしを水底へ誘う死者たちは、かなしいかなしいわたしたちの姿なのだろう〕


中指に伝う渇きも熱も血も過ぎたる過去にあらざる痛み


〔水に触れたとき中指に伝わってくる、渇きも、熱も、血も、過ぎてしまって”消えた”と片付く過去ではない。時間は過ぎても癒えない痛みが確かにあって、現にこうして伝わってくるのだから〕


他人は他人なれど紅なる我が指も他人を掬える一人の他人ゆえ


読み:ひとはひと/なれどあかなる/わがゆびも/ひとをすくえる/ひとりのひとゆえ
〔「他人は他人だから関係はない」。そう言い切ることはできないよ。他人の痛みや気持ちをすくって共感するこの指もまた、自分のの大切な一部であり、一人の人間のように尊重されるべき”他人”と言えるのだから〕


月夜道手指を無くし目を無くしされど歩める猫連れ帰り


読み:つくよみち
〔月の照らす夜道、手も指も無くして、目まで無くして、それでも歩みを止めない猫に出逢った。そして、連れて帰った〕


快楽は重ぬる紅きやは肌の冷え逝く音を嘲う死に神


読み:///冷えゆく音を/わらうしにがみ
〔快楽は重ねた肌が少しずつ冷えてゆく音を、笑う死に神〕


酌み交わし氷の消ゆるテーブルに痛みのごとく朝陽の刺せば


〔夜酌み交わしたグラスの氷がすっかり融けてしまった。そのテーブルに、まるで痛みを突き刺すように朝陽が射し込んでくる〕


何もなし無より澄みたる空ゆえにうつろの我を満たし流るる


〔何もない無よりも澄み切った空だからこそ、空っぽのこの体を満たしてくれるのだろう。〕


ふつふつと輝き出づる空を知り我が名を今し唱えゐる午後


〔胸からふつふつと湧き上がる感情を覚えて、今ようやく自分の名前を呟いて確かめてみた午後のこと〕


見上げたる蒼は蒼でもゆいいつの我がこころから生まれし
〔頭上に広がっている蒼。それはただの蒼色ではなく、空を見上げて感じている、たったひとりの自分の心から生まれた蒼なのだろう。〕


終わりなき色にあらざる我が命何処にも在らず此処にのみ在り


〔終わりのない無限でも永遠でもないこの命は、どこにでも在るわけでもなく、ただ此処にこそ在ると分かった。”ここ”とは違う特別な”此処”にだけ〕


さ清らな星の水路は我が胸の空駆け巡り海へ辿れる


〔とても清らかな星の水路はこの胸のなかの空をも駆け巡って、海へ辿っている〕


透いてゆく誰かの靴跡追ひ見れば懐かしき我が母に出逢えり


読み:/たれかのくつあと/おいみれば
〔水路を辿って、透明になっていく誰かの靴跡を追いかけて行ってみると、なぜだか、懐かしい自分の母親に出逢った〕



蒼き陽に萌ゆる小さな葉脈の大樹のごとき重みを知りて


〔春の光に芽生えた小さな葉っぱを透かしてみれば、大木のような立派な葉脈が見えてきた。その小さな命の重みを知ったから↓〕


此の指を明日へも流る河辺から言葉の舟に浮かべ贈らむ


〔過去から流れているだけではなく、未来へも流れてゆく河へ、言葉で編んだ舟に、他人を思いやる心をのせて贈ることにしよう〕


おごるものおろかなものもねむりゆきゆるされるにわねこまもるぼち


漢字:奢る者/愚かな者も/眠り逝き/赦される庭/猫守る墓地

〔傲慢な者も、愚かな者も、等しく罪を赦されて、眠れる墓地は猫がまもっているとこしえの庭〕


菊添えし婦人の指に降る滴吾に終わり告ぐ雨のやさしき


読み:きくそえし/ふじんのゆびに/ふるしずく/あにおわりつぐ/あめのやさしき
〔菊を供えてくれた婦人の指に星を巡った水が降ってゆく。わたしに終わりを告げる涙のなんてやさしいことだろう〕


懐かしきと新たなを馳せつなぐ涙のうつくしき業



〔懐かしい紅色と新しい蒼色とに心を馳せて、繋ぎ合わせる涙がこうして空にうつくしい虹を架けるのだろう〕









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